これまでの足跡
大震災を乗り越え、
未来を築く
阪神・淡路大震災の記憶:
未曽有の災害と当社の使命
1995年1月17日、未曽有の大災害となった阪神・淡路大震災が発生しました。
この震災は、私たちの社会に甚大な被害をもたらし、「インフラ構造物が崩壊するはずがない」という当時の通念を大きく揺るがしました。

都市機能の麻痺

インフラの壊滅的な被害

社員と家族の
安否確認の困難さ

インフラの壊滅的な被害
全社を挙げた復旧支援体制
「兵庫県南部地震対策本部」
の設置
全国からの応援部隊
(社員・協力会社作業員)の派遣
混乱の中での緊急調査・点検、
復旧工事への尽力
当時の社員たちの声

混乱の中での葛藤と使命感
発生時、社員たちは、家屋の損壊や高速道路の倒壊といった街の壊滅的な光景に恐ろしさや信じられない衝撃を受けました。
通信や交通網が寸断され、余震が続く困難な状況下で、彼らは「街と人を守るため」にインフラ復旧への強い「使命感」を持って作業に奔走しました。この経験は、構造物が「呆気なく壊される」という衝撃的な認識と、「想定外」に対応する「成長のきっかけと乗り越えるべき試練」を与えたと振り返られています。

不眠不休で
復旧作業にあたった日々
発生直後、「兵庫県南部地震対策本部」を設置し、出社可能な社員全員が「不眠不休の大仕事」として緊急調査や復旧作業に臨みました。特に阪神高速道路の緊急補強や東海道新幹線の復旧では、三日三晩、ほぼ飲まず食わずの極限状態で作業にあたり、度重なる余震や物資不足といった困難を乗り越えました。全壊判定を受けた神戸支店の社員も励まし合いながら奮闘し、大きく貢献しました。
震災がもたらした
転機と技術革新
阪神・淡路大震災は、ショーボンド建設にとって大きな転機となりました。
この経験を糧に、当社は耐震補強のエキスパートとして、さらなる飛躍を遂げることになります。
復旧工事の具体的な内容と
当社の技術活用
阪神高速道路3号神戸線の
全線開通に向けた本復旧工事
CFRP(炭素繊維強化
プラスチック)を用いた床版補強
桁連結によるノージョイント化、
免震支承への取替など、
多岐にわたる修繕・改良事例
震災の経験から生まれた
「緩衝チェーン」と「せん断ストッパー」
大震災の経験から
生まれた技術の現在
ショーボンド建設は、過去の大震災から得た教訓を活かし、橋梁の安全を守るための技術開発に取り組んでいます。
その一つが「せん断ストッパー」です。2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震では、このせん断ストッパーが実際に機能し、橋梁の損傷を軽減する役割を果たしました。
能登半島地震における
「せん断ストッパー」の活躍
能登半島地震後、金沢大学、大日本ダイヤコンサルタント、そして当社の3社で共同研究として地震被害調査を実施しました。この調査で、1995年の兵庫県南部地震以降に設置された緩衝チェーンやせん断ストッパーといった耐震デバイスが、期待通りに効果を発揮したかを確認することを目的としました。調査対象となった24橋梁のうち、落橋や倒壊といった致命的な損傷は確認されず、変位制限構造として設置されたせん断ストッパーが機能した事例が1件確認されました。
具体的には、1961年に架設され、2011年に耐震補強工事が実施された橋梁でせん断ストッパーが活躍しました。この橋梁に最も近い地震計であるK-NET穴水で計測された加速度応答スペクトルは、1995年の兵庫県南部地震のJR鷹取波と同レベルであり、道路橋示方書で規定される最大クラスの地震波でした。
地震発生時、下部構造である橋台が滑動し始め、同時に橋台背面地盤の沈下も発生しました。
せん断ストッパーの重要性
せん断ストッパーは、既設支承の鉛直荷重を支持する能力を低下させることなく、地震力に抵抗し、橋梁の安全性を高めることが確認できました。 たとえ設計を超える水平力が作用しても、意図的に設定された破断箇所が機能することで、橋梁全体の致命的な損傷を防ぎ、その後の維持管理を容易にすることができます。
能登半島地震でのせん断ストッパーの活躍は、過去の経験から学び、技術を磨き続けてきたショーボンド建設の取り組みが、実際の災害時にどれほど重要であるかを証明するものです。私たちはこれからも、日本の社会インフラを守るため、より安全で持続可能な技術の開発に貢献していきます。















